70's BLUE ÖYSTER CULT "CLEVELAND SOLD OUT" ハードロック Tシャツ 260904H
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brand...Sportique
date...1978
measuring_size...41cm/42cm/57cm/17cm
(Shoulder width[肩幅]/body width[身幅]/Body Length[着丈]/Sleeve Length[袖/ゆき丈])
condition...着用感
note...終わってしまえば、ライブには何も残りません。
音は空気に戻って、人は駐車場へ散っていく。
その一晩を、黒い背中に3行だけ書きつけたのが、このTシャツです。
CLEVELAND
MARCH 25, 1978.
SOLD OUT
ツアーTなら、ふつうは何十もの都市名が背中を埋めます。
これは1都市、1日付、それと売り切れたという事実だけ。
ほかの夜のことは何も書いていません。
フロントはアーチを描くBLUE ÖYSTER CULTと、その下にフック十字がひとつ。
写真も、メンバーの顔もない。
黒に白の一色刷りで、知っている人にだけ通じればいいという構えです。
1972年のデビュー盤から使われている印で、ギリシャ神話のクロノスであり、錬金術で鉛を指す記号だとも言われています。
鉛は、いちばん重い金属のひとつ。
ヘヴィメタルという言葉がこのバンドの周りから出てきたのも、そのあたりが絡んでいます。
当時のBÖCは、カルトという名前のままアリーナを埋めていました。
1976年の"(Don't Fear) The Reaper"が全米12位まで上がり、オカルトとSFと文学を歌詞に持ち込む理屈っぽいバンドが、そのまま全米の大会場のヘッドライナーになる。
この日の2ヶ月前には"Spectres"がゴールドに達しています。
1978年3月25日、オハイオ州リッチフィールドのコロシアム。
クリーブランド郊外の巨大アリーナで、その日のチケットは1枚も余らなかった。
前座はBe-Bop DeluxeとThe Jam。
ロンドンから出てきたばかりのパンクバンドが、アメリカのアリーナでハードロックの前に立っていた年です。
70年代のロックTを入手する機会は、80年代以降とは比べものになりません。
当時のTシャツは記念品というより消耗品で、着られて、洗われて、消えていったものがほとんどです。
この一枚は48年経って黒がまだ深く、白いプリントの掠れもわずか。破れもありません。
タグはSportique、50/50のUSA製。
表記はLですが、これは当時のアメリカ基準のLで、いまの感覚でいえばM前後です。
首も袖口も細いリブで締めた70年代の作りで、薄く柔らかい生地が身体に沿って落ちます。
1978年3月25日は、もう遠い。
でもSOLD OUTだけは、まだ現在形です。
model...cm
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サイズスペック
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